自分を一般化しないこと

(19.05.20)

最近、変容的学習のようなことを経験しました。そんなこともあって、ベイトソンのイルカの話を思い出していたのです。


それから、変容的学習とPTG(心的外傷後成長)って重なるところがあるのではと感じていたりもしたのですが、その二つに関して同時に説明されている何かを読んだり、聞いたことはまだないので、答え合わせはできずにいます。


DBTの創始者であるLinehan博士や伝統あるセルフヘルプグループの共同創設者であるBill.Wに起きた不思議な現象のことをたまに思い出します。それらは、上記の話(PTGなど)ともそう遠くない話と感じる面もあるのですが、その二人の在り方は、決定的に上記の話とは違っていると思うのです。


近頃、一般化されている概念に自分ごとを包む行為があまり正しいと思えない瞬間があって、それについて考えることが増えました。


Linehan博士やBill.Wは、一般化されていた概念とともに在ることによってその解像度を(結果的に)上げたと思いますが、それは彼らの生き方・日々の選択によって育まれたのではないかと私は思うのです。


あらゆる物事の解像度が上がっていけば、もう少し悲しいことも減るだろうかと考えたりもします。逆に、解像度を下げることで生きやすくなる瞬間がない訳でもない、ということを考えたりもします。ちょうどいいところに留まって生きることって、相当の運や時間を要することで、簡単ではない。


少し前に、私は自分自身が理解していた以上に、自分には繊細なところがあるのかもしれないと思い至りました。そのようなことを掴みかねてきた影響で、自身は長年の間苦労してきたように思います。しかし、そうした特性と、それを理解しなかったことで生まれたあらゆる失敗の連続によってこの場が誕生したようにも感じています。


メンタルヘルステックって、自分を一般化しないことを可能にする手段のひとつでもあるのだと、ここを作りながら思いました。